立教大学では、当財団の「障がいのある青少年に対する修学及び就労機会創出の支援事業」の第6期(2023年度)助成金を利用して、理系テキスト点訳システム( LaTeXによる理数系双方向 コミュニケーションツール )を開発しました。
視覚しょうがい学生が理系学問を学ぶ上で最も大きな困難の一つが、数式と図を含む資料へのアプローチです。このシステムは、理系の資料作成の標準ソフトである LaTeX(ラテフ、ラテック)を使って文章や数式、図の自動点訳を可能にするものです。点訳ツールとしてだけではなく、学生と教員が双方向に数学的コミュニケーションを行うためのツールとして、視覚しょうがいのある学生の学修支援と教員の負担軽減などを含む諸課題の解決を目指しています。
今回は、本システムを開発した立教大学 理学部数学科 小森靖教授に、開発の経緯や成果についてお話を伺いました。
立教大学の
取り組み
立教大学のしょうがい学生支援
立教大学では、1970年代に点字使用の学生を受け入れており、1980年代には関係部局が教務業務を中心に検討や勉強会を行う委員会が発足していましたが、この委員会を母体として1994年よりしょうがい学生を支援するネットワークを組織し、2011年には「立教大学しょうがい学生支援方針」を制定して、全学的なしょうがい学生支援を進めています。
しょうがい学生支援室は、しょうがいのある学生が充実した学生生活を送れるように、関連する教職員と連携しながら必要な調整を行います。しょうがいのある学生やサポートをする学生、教職員にとって、親しみやすく利用しやすい支援室を目指しています。

助成を申請
した背景
視覚しょうがい学生の
自立した学びをサポート
2021年度に視覚しょうがいのある学生が数学科に入学し、授業などに使う資料の点訳が必要となり各授業の3週間前までに使用する資料を準備することになりました。大学では授業用のオリジナル資料を作る教員が多く、さらには学生の理解度に応じて資料を変更するなどの柔軟な対応も求められます。その度に点訳の時間が必要となると他の学生の学修スピードと合わせるのは困難です。たとえ3週間前に資料を出せたとしても教員の負担が大きすぎて4年間続けられるかどうかという課題を感じていました。
学生の立場に立ってみても、点訳の依頼や点字プリンターの使用など、誰かに何かをお願いしないと勉強できないという状況は、他の学生と同等の学修環境が得られているとはいえません。なるべく学生には自立して学んで欲しい、そして今回に限らず、大学側の受け入れ体制によって、視覚しょうがい学生が学びたいことを学べない、進学したい大学に進学できないなど、進路が狭められるようなことがあってはならないと考えました。
そこで、資料を早く出す苦労をするより、そうした苦労をしないための苦労をしようと決め、LaTeX による点訳システムの開発を始めました。数学や物理の教員のほとんどは LaTeX で数式や図が入ったテキストを作成し、変換したPDF資料を学生に配布します。点訳する場合はこのPDF資料を点字に翻訳することになります。元の LaTeX ファイルを直接点字に変換できれば手間も時間もかからなくなり点字の知識もいりません。教員はこれまで通りに LaTeX で資料を作ればいいだけ。これを目指して開発を始めました。

開発したシステムの
活用状況と成果
LaTeX でそのまま点訳、
数式・図・専門用語にも対応
今回開発したシステムをインストールすれば、通常の LaTeX からPDFを作成するのと同じ手順で、そのまま点訳が得られます。点訳が困難な複雑な数式や専門用語にも対応しているので、学術的なテキストの点訳も可能です。ユーザーが意識することなくどちらのファイルも作成できるので、視覚しょうがい学生が LaTeX に習熟すれば教員や他の学生とのコミュニケーションもスムーズになります。このシステムは狭義においては理系テキスト点訳システムですが、広義においては理数系双方向コミュニケーションツールと位置付けています。
実際に、この学生は入学後の最初の学期で LaTeX を習得しました。4年生の現在は、教員が送った LaTeX ファイルを自分で変換して点字資料を作成し、主にピンディスプレイ ※1 に表示して使っています。点字用の作図は対応が難しい問題の一つですが、調整方法を改善しながら見やすさの向上を図っています。印刷を依頼するのはピンディスプレイで把握しづらい数式や図が含まれるときだけになり、年次を追って、より自立して学べるようになっているのではないかと思います。
LaTeX で試験を受けて LaTeX で解答するということも可能になりました。以前は学生が点字用タイプライターで作った解答を点訳業者に出して、その後に教員が採点していましたが、直接やりとりできるようになったのは大変大きな成果です。学内で講習会を開いて他の教員にも使ってもらうように働きかけたこともあり、数学の教科に関しては、2年次からは業者に点訳を頼むことがほとんどなくなりました。学生も教員も負担が大幅に軽減されています。この学生は大学院に進む予定です。
ピンディスプレイ:
※1 パソコンの画面に表示される文字情報や図形情報などを「点字」や「点図」として表示させるための機器。二次元に配列されたピンを上下させ凹凸を発生させることで点字を表示することが可能。
今後の
課題と展望
必要な人が
自由に使って欲しい
資料の点訳が楽になったからといって、授業を行う難しさはまだ残ります。たとえば、数式は言葉で表現できないので、目が見えれば黒板に書いた式を「この式は」と言うだけで学生は理解できますが、視覚しょうがい学生に対してはそうはいきません。資料の数式に番号を振っておいて、「何番の式」と言うようにするなど、授業の運用上の工夫は引き続き必要です。
しかし、視覚しょうがい学生が理系学問を学ぶ上で、大きな困難とされていた数式や図を含む資料へのアプローチについては、今回開発したシステムでハードルをかなり下げることができたのではないかと思います。どの大学の数学科でも使える汎用性があるツールです。必要な人に自由に使って欲しいので無償で配布します。実際に他大学からの問い合わせもあり、その都度相談に応じています。ぜひ連絡してきてください。※2
点訳における時間やコスト、業者の人手不足などの問題が、視覚しょうがい学生から学ぶ機会を奪っています。意欲ある理系学生は自然科学という社会にとって重要な分野の発展に当然に必要であって、視覚しょうがい学生においても進路や活躍の場を狭めることがあってはなりません。このシステムは、こうした課題を解決するために常にどこかで必要とされていると考えられるので、今後も情報発信していきたいと考えています。
問い合わせ先:
LaTeX理系テキスト点訳システム
※2
立教大学 しょうがい学生支援室
mail:sien@rikkyo.ac.jp

LaTeXによる理系テキスト点訳システムのアプリ画面
画面左:LaTeXの入力画面
画面右上:LaTeXから直接点訳された点字の確認画面
画面右下:LaTeXから出力された点字プリンター印刷用図式の確認画面